ガッツ引退!中日選手の胴上げの中に巨人の選手参入で涙!

5月21日ナゴヤドームで行われた、巨人対中日。試合は4-0で巨人が勝利しました。この試合は、今季限りで引退表明をしている、日本ハム、巨人、中日と渡り歩いてきた小笠原道太選手の引退試合でもあったんです。

中日の小笠原選手引退試合

来期には、中日の若手育成に期待され、2軍監督の就任が決まっているんですね。不屈のフルスイング小笠原道太

NHKスポーツ大陸「魂を込めて、小笠原道太」でも取り上げられていた、小笠原選手の練習方法が、これまたすごいんです。

生涯打率

生涯打率

小笠原選手のティーバッティングの練習でよく見かける、片手でのバッティングですが、同じスピードで同じところにボールを要求し、それを繰り返しているのです。

いわゆるこれが小笠原流のルーティーンともいえますね。偉大な選手は、とにかく自分の世界を作っています。

イチローはバッターボックスに入ると、何回かバットを振った後、右の襟をちょこっとつまみ上げ、バットを立てて、リズムを取ってボールを待ちます。毎回毎回、同じことを繰り返しています。

私たちだったら、そのスイングができれば、次の飛躍へのための練習をする、というのが一般的な考えでしょうが、彼らは、違います。

ただひたすら、自分の中にいる、心に語りかけるように、毎日同じ練習をしています。

6000打数以上ではベスト20

6000打数以上ではベスト20

小笠原選手の生涯打率は、6828 打数 2120安打  打率310。

リー、 若松 勉 .、張本 勲、ブーマー 、川上 哲治 、与那嶺 要、

内川 聖一、 落合 博満 、小笠原 道大と、生涯打率第9位。

日本ハムで驚異の2番バッターと呼ばれ、巨人に入って存在感を増し、中日で、最後を締めくくった男の功績はすごいの一言。千葉県木更津市にある、暁星国際高等学校(ぎょうせいこくさい)からNTT関東に入社後、1996年日本ハムにドラフト第3位で入団しました。

入団当初は社会人時代に守っていた捕手としての起用が多かったが、

キャッチングに多少の難があったことから1999年一塁手へコンバートされ、

そこでスタメンを勝ち取る。打撃の方もほぼ同時期に開しはじめ、

2000年には自身初のタイトルとなる最多安打を獲得するなど、

当時の日本ハムの「ビッグバン打線」における一を担った。

この当時、2番バッターという上位打順にもかかわらず、

バントをせずに積極的なヒッティングをすることから「恐怖の2番打者」とも呼ばれていた。

参考サイト:ニコニコ大百科小笠原道太

小笠原選手が強打者に生まれ変わった秘密とは

あの思いっきりの良いスイングが小笠原選手の魅力ですが、実は、高校時代の彼はホームランを1本も打っていないのですね。

彼が強打者に生まれ変わったその秘密とは。「がむしゃらに、泥臭く、最後まであきらめずに、一歩一歩地に足を踏みつけて進もうと思います。」「出来ない事はできないですけど、できることはできるわけです。できることを繰り返すだけです」

練習の時は、普通どの選手も重いバットを使うのですが、小笠原選手はさらに、重いバットを、グローブを使わずに、素手で行う。バットを手になじませるというより、手をバットを振る手に形作ることが、これまたすごいことですね。

NHKスポーツ大陸 小笠原道太 動画

小笠原選手の練習のこだわり

この練習にこそ小笠原の秘密がある。ボールを捉えるインパクトで、左肘が閉まり、ボールを押し込む、そしてバーと一気に振り切る。

そのためにの、片手バッティングの練習です。同じスイングを繰り返す。本人はフルスイングという意識はないそうです。廻りがフルスイングのいイメージを持っているだけということなんですね。

リターンティー と呼ばれる理論。少年野球チームのコーチが作る画期的なバッティングフォーム矯正マシーンです。

屋外だけでなく屋内でも利用可。 ネットいらず、補助員無しでミートポイントの確認やフォームの矯正が出来ます。テレビ取材などメディアでも話題になり取り上げられました。バッティングフォーム矯正マシーン「リターンティー」 は、ティーバッティング本来の目的であるミートポイントの確認、それに伴う フォームの矯正を効率よく練習するために開発されました。

誰からも愛された男

グランドを一周する時も、ドラゴンズファンの竜党の右翼席からは現在のテーママーチ、G党の左翼席からは7年間親しんだ当時の応援歌が奏でられたのでした。

また、この伝説の強打者は家庭もすばらしい。名前の由来からか小笠原諸島の親善大使も務め、島野少年野球チームにユニホームをプレゼントしている。

小笠原選手のマークでもあるクジラですけど、これは小笠原諸島のザトウクジラからとったものだそうですよ。また大の焼肉好きであることで有名。

自宅での夕食には必ず焼肉が入り、その際は、「牛・豚・鳥の3種類を食べる」ことを習慣にしている。

低迷していた巨人を救ったのも、彼、小笠原道太です。負けると静まり返っている、当時新人だった高高橋由伸や、当時キャプテンであった阿部慎之助などに、「また明日がある、明日打てばいいのさ」と、野球人であることの考え方も、勇気を出させたことでも知られています。

失敗から這い上がった男

捕手守備では守備率こそ安定していたものの、スローイングに難があったため盗塁阻止率は.178と非常に低く、1997年からの3年間で45回走られ、刺したのはわずか8回であった。

捕手としては失格の烙印を押されるほどで、活躍することはできず、1999年から本格的に内野手に転向した。

高校、大学を通して有名で、ドラフト1位入団で、花形の活躍をしている選手というのは、実はプロ野球の選手にはあまり多くはないのです。

彼もまた、そのうちの一人で、選手失格の烙印まで押されてしまったのです。そこから、本来の自分に目覚めていくんですね。

絶対にプロ野球選手として活躍するのだと。その練習方法、考え方、見方、家族すべて、小笠原道太選手は、参考になることばかりです。

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 1.ローボールからハイボールまで任意の高さにカンタン操作で調整OK!!
2.右打者用、左打者用カンタン切替OK!
3.分解可能で、持ち運びが便利。
4.屋外はもちろん、雨の日、雪の日でも屋内で練習が出来る(素振りが出来るスペース程度)。
5.体育館の床、家庭のフローリングの上、カーペットの上でもスペースさえあればOK!
6.ネット張りがいらない、球拾いもしなくていい。
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